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東京高等裁判所 昭和24年(わ)343号 判決

上告人 被告人 青山光三郎

弁護人 矢吹忠三

検察官 渡辺要関与

主文

本件上告はこれを棄却する。

理由

弁護人矢吹忠三の上告趣意は同人作成名義の上告趣意書と題する末尾添付の書面記載の通りである。これに対し当裁判所は次の通り判断する。(但し第一、二点以外の論旨並びに判断は省略)

第一、第二点 所論は本件酒精の買受人周藤に於て試験の上にその結果によつて使用すべき確約の下に右酒精を販売したのであるが、周藤に於て未検査のまま販売したがため本件が起きたのであるから被告人の販売行為の責任は周藤の過失ある行為の介入によつて中断せられるというのであるが、所謂因果関係の中断は中間に或る事実又は人の過失行為が存在するという一事により直ちに起きるものでなく前行為がなくとも該中間の事実又は行為だけで結果が発生したであろう場合とか、中間事実や行為が異常稀有のものである場合には仮令これと前行為が競合して結果を発生した場合でも前行為の因果関係は遮断若しくは中断せられるがその然らざる場合には後の過失行為により前行為の因果関係が中断されることはない。従つて仮令所論のような周藤が検査するといつたに拘らずこれをしないで販売したという行為の介入があつたとしても只それだけで被告人の行為の因果関係が中断されることはありえない。周藤の過失行為は異常稀有のものではない。論旨援用の周藤の言は商人が日常の取引に於て屡々用いしかもそれが必ずしも実現せられないことは日常の経験に徴し疑ない所であるに拘らず、これを軽信したのは被告人過失の責任あるを免れない。論旨は被告人と周藤との本件取引に於て周藤に検査の全責任を負わすよう確約が成立しておつたようにいうが引用の文詞の重点は寧ろ原判決引用の如く「被告人が飮んで別に異状がなかつたからこれを飮用に供しても差支えない」と軽信した点にある。かかる他人の行為不行為の介入は被告人の本件酒精の未検査のままの販売行為と周藤の未検査のままの販売とが共同的の原因となつて他人の致死の結果を与えたものであるから所謂因果関係の中断はない。原判決には所論のような違法事実誤認理由不備又は齟齬はない。論旨は理由ないものである。

よつて旧刑事訴訟法第四百四十六条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

上告趣意書

第一点原判決は「上告人は昭和二十一年一月上旬頃栃木県上都賀郡東大芦村で出所不明のメタノールと白ペンキで書いてあるメタノール入ドラム罐一個を拾得したが」「これを飮用して差支ないアルコールであると軽信し、同年九月上旬頃肩書住居で原審相被告人周藤に対し右メタノール約一斗二升を飮用に供する目的で販売し」「原審相被告人周藤謹一は肩書住居地で飮食店を営む者であるが、昭和二十一年九月下旬頃上告人から出所不明のメタノール合計約一斗二升を」「アルコール名義で買受け」「かように出所不明のアルコールを飮用として販売するに当つては予め化学的検査等を受けそれが有害でないことを確認すべき業務上の注意義務があるに拘らず原審相被告人周藤はこの義務を怠り右アルコールを水で約三倍に薄め香料甘味等を加えて製造した飮用物」「ウイスキー又は燒酎名義で肩書住居の店舗で」「同月二十七日折笠清次に約三合を販売し之を飮用した折笠清次を同月二十八日東京都板橋区志村長後町二丁目十二番地の自宅でメタノール中毒により死亡させ」たる事実を判示し上告人に対し「前記メタノール販売の結果原審相被告人周藤謹一を通じてこれを入手飮用した折笠清次をメタノール中毒により死亡するにいたらせたものである」と認定し過失致死の責ありとして刑法第二百十条を適用したのである。

而して右メタノールを原審相被告人周藤謹一が買受け並に販売及び上告人の販売したる事実を認定した証拠として原判決の掲げる「原審相被告人周藤謹一の原審公判廷における供述」と「上告人の原審公判廷における供述」を記録によりて閲するに原審相被告人周藤謹一が本件メタノールを購入する様になつたのは「実父のいる郷里の近くに青山さんと言う人がアルコールを持つて居ると云う話を聞きましたので九月二十三日頃父の紹介で買いに行きました」(記録一六五丁表四行より七行迄)もので、之に対し上告人は「問 どうしてそれを周藤に分けてやつたか、答 周藤さんの妻君の親が九月二十一日頃私の家へ来てアルコールを譲つてくれと言い二倍位に薄めたものを飮んで行きその時私は留守でありましたが息子が東京で飮食店を開いているので迷惑をかける様な事はしないと言う事だつたのです。又周藤さんが来た時は試験をしてから使うから大丈夫だと言うし私が飮んで別に異状がなかつたので売つたのであります」(記録一七〇丁裏三行より十行迄)「問 出所不明のアルコールを周藤のような飮食店をやつている店に売れば多くの人が飮むだろうと言う事は十分想像されるではないか、答 その通りですが周藤は検査するから大丈夫だと言つたので同人にたのまれるまえに別に検査をうけずに売りました」(記録一七一丁裏六行より九行迄)の事情によつて販売し、周藤謹一は買受けたる後、「問 それからその品物をどうしたか、答 二十六日近所の三浦薬局に一合位を試験して貰ひに行きましたが薬がないので、すぐに検査が判らないと言われました。私はそれを水で二倍にうすめた物に紅茶、ズルチン、エツセンス等を加えて約二斗一升にしてこれを燒酎又はウイスキーと言う事にして何れも私の店で同日関谷に四回にわたつて一升六合五勺を一合二十円で売つた外数人の客にのませ、二十七日には顔見知りの鳶職折笠に三合位その他二十人位の客に二十八日には同様二十人位の客に飮ませました。こうして売つた量は全部で一斗位のものです。二十九日薬局の方からアルコールにはメチールが入つていると云うことを聞かされ驚いて私がこしらえたもの一升位を警察に出した外残一斗位を川に捨ててしまいました」(記録一六五丁裏七行より一六六丁表十二行迄)「問 重ねて尋ねるが試験の結果が判らないのにどうして売つたか、答 知人が来てしきりにせがむので売つてしまつたのです(記録一六八丁裏二行より三行迄)と陳べている。

之に依つて是を観ると上告人は周藤において試験をした後にその試験の結果使用する旨を確約し同人の言を信じて上告人は周藤に販売し、周藤は買受けたる後之を近所の三浦薬局に共の確約に従い試験を依頼したるも直に試験の結果が判明しない事情にありたるに拘らず、前記上告人との確約に反して知人が来てしきりにせがむので検査の結果判明前に折笠等に販売し折笠において之を飮用してメタノール中毒により死亡するに至つたものである。

然も周藤が試験の結果メチールが入つていることを知るに及んで之が販売を中止したるに稽みれば周藤において上告人の売買時における条件を確約して検査の結果判明後販売の挙にいでたならば折笠の致死の結果は発生することなく周藤の検査の結果判明前の販売行為(注意義務違反行為)の介入があつて始めて致死なる結果が生じたのであつて、周藤において折笠に対し検査の結果判明前に販売即ち身体又は生命に対し危害を加えることあるが如きものを販売することは勿論折笠において斯るものを飮用し致死するに至るが如きは、上告人の認識せざる処たることは勿論斯ることは全く関知せざる処であつて、上告人の行為は単に事実上未必的な結果発生の可能力を提供したにとどまる。従つて上告人の行為と折笠の致死の結果との間の因果関係は周藤の行為介入によつて中断せられたものである。

更にこれを他面より論ずれば買受人たる周藤において試験の上その結果によつて使用すべきことを確約しその条件で上告人が販売し買受人たる周藤において試験依頼の事実あるにおいては本件の場合の如き買受人において知情に依り検査結果判明前に販売した如き特異の場合を除き一般的に観察して慢然たる販売でなく検査の上使用すべき約条の上販売行為によつて且買受人において検査依頼せるにおいてはその結果致死の如き事実の発生する虞のあることが実験上当然予想せられず、本件の如き事情ある販売行為と致死の結果との間において一般的に観察し経験的標準に依つても一般的なる因果関係を認め得ないと解するを相当とするにも拘らず原判決が上告人に対し過失致死の罪に問擬したるは法令の適用を誤つた違法であり原判決は破毀を免れないものと思料する。

第二点原判決はその理由において「昭和二十一年九月当時メタノール中毒による被害者多数発生していた折柄これを飮用として販売するに当つては予め化学的検査等によつてその有害なものでないことを確証すべき注意義務があるに拘らず同被告人はこの義務を怠り水で薄めて飮んで見たところ、別段変つたことがなかつたのでこれを飮用して差支ないアルコールであると軽信し同年九月下旬頃肩書住居で被告人周藤に対し右メタノール約一斗二升を飮用に供する目的で販売し」と認定し、「被告人等が何れも前記注意義務を怠つた点は被告人の当公廷における各供述によつて被告人等が判示アルコールの販売に当つては何れも化学的検査によつて有害のものでないことを確認しなかつた事実が認められることによつてこれを認める」と判示したり、依つて上告人並に原審相被告人周藤謹一の原審公判廷における各供述を記録によつて閲するに、「問 どうしてそれを周藤に分けてやつたか、答 周藤さんの妻君の親が九月二十一日頃私の家へ来てアルコールを譲つてくれと言い二倍位に薄めたものを飮んで行き、その時私は留守でありましたが息子が東京で飮食店を開いているので迷惑をかける様な事はしないと言う事だつたのです。又周藤さんが来た時に試験をしてから使うから大丈夫だと言うし、私が飮んで別に異状がなかつたので売つたのであります。(記録一七〇丁裏三行より十二行迄)「問 出所不明のアルコールを周藤のような飮食店をやつている店に売れば多くの人が飮むだろうと言う事は十分想像されるではないか、答 その通りですが周藤は検査するから大丈夫だと言つたので同人にたのまれるまえに別に検査をうけず売りました(記録一七一丁裏六行より九行迄)問 それからその品物をどうしたか、答 二十六日近所の三浦薬局に一合位を試験して貰ひに行きましたが薬がないのですぐには検査が判らないと言われました。私はそれを水で二倍にうすめた物に紅茶、ズルチン、エツセンス等を加えて約二斗一升にしてこれを燒酎又はウイスキーと云う事にして何れも私の店で同日関谷に四回にわたつて一升六合五勺を一合二十円で売つた外数人の客にのませ二十七日には顔見知りの鳶職折笠に三合位その他二十人位の客に二十八日には同様二十人位の客に飮ませました。こうして売つた量は全部で一斗位のものです。二十九日薬局の方からアルコールにはメチールが入つていると云うことを聞かされ驚いて私がこしらえたもの一升位を警察に出した外残一斗位を川に捨ててしまいました。(記録一六五丁裏七行より一六六丁表二行迄)問 重ねて尋ねるが試験の結果が判らないのにどうして売つたか、答 知人が来てしきりにせがむので売つてしまつたのです」(記録一六八丁裏二行より三行迄)と陳べている。

之に依つて是を観るに上告人において販売するに当つて上告人自ら化学的験査によつて有毒のものでないことを確認しなかつた事実は之を認められるも之を確認しなかつた所以は買主たる周藤謹一において化学的検査等を為す旨を申述べたるに依るものである。

惟うに化学的検査等によつて有毒のものでないことを確認することは自ら販売人が為すのでなければその注意義務を盡したものと言えない理なく販売人自身において為さないでも販売人において他人に依頼し他人を通じて為さしむるとも差支えなきは当弁護人の陳述するまでもなきことにして上告人が販売するに当つて買主たる周藤謹一との間に周藤謹一において化学的検査を為すべきことを約条したるは周藤謹一に化学的検査を依頼したるものと云うべく同人において之を引受け三浦薬局に化学的検査をして貰いたるにおいては上告人において自ら化学的検査等によつて有毒のものでないことを確認せざりしと云うも之を為したると同一視すべきものであつて上告人において注意義務を履行したるものと云うべく周藤謹一において右三浦薬局の化学的検査の結果判明前に之を折笠等に販売したるは周藤謹一のみの過失にして上告人の過失と言い得ざるべきに拘らず原判決が上告人自身が化学的検査によつて有毒のものでないことを確認しなかつた一事を以つて慢然と上告人の過失ありと認定したるは事実を誤認して判決に理由不具又は齟齬あるか又は法令の適用をあやまりたる法定違反ありて原判決は破毀せらるべきものと思料する。

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